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特別企画 加藤力之輔さん「島眞一 × 加藤力之輔 二人展 〈予期せぬ再会〉」を語る!

 

2024年5月14日(火)から5月30日(水)まで、東京都港区六本木1丁目のスペイン大使館で開催された「島眞一 × 加藤力之輔 二人展 〈予期せぬ再会〉」について、加藤力之輔さんが語りました。

 

月刊宮島永太良通信編集部(以後Q):半月に及ぶスペイン大使館での展覧会お疲れ様でした。さて、最初の質問です。今回の二人展の企画はいつ頃から始まったのでしょう?

加藤力之輔さん(以後A):この件で、スペイン大使館の文化担当官へスースさんにお会いしたのは2023年1月下旬、かつて懇意にし、今はクローズしてしまった鎌倉のギャラリー/ジタン館でした。そこでの私の最後の個展は終えていたのですが、ちょうど会期中の記録映像ができあがった日に彼が別件で鎌倉円覚寺に来た帰りに会い、映像を観ながら展覧会の企画が動き始めました。そして昨春、へスースさんが「京都グラフィー」へ訪れた時に再会、まだ当時は私のアトリエが京都の東福寺にあり、そこで彼に私の作品をたくさん観ていただきました。その後も大使館スタッフや島文子さんらと打ち合わせを重ね、今年に入ってから正式に二人展の日程が決まりました。

 

Q:サブタイトルの「予期せぬ再会」が気になります。

A:名付けてくれたのは、島さんや私の昔からの知人でスペイン美術史研究者の木下亮さんです。私たちと今回の件の打ち合わせ後、別件で彼がマドリードへ行く機会があり、なんでも島さんと私が住んでいた中間の場所にあるホテルに滞在した時に思いついたタイトルだそうです。

Q:では、当時の島さんと加藤さんのお住まいは、近所だったのですか?

A:1971年からマドリードに住んでいた島さんはエチェガライ通りの広いアトリエのあるアパートに住んでいました。1年遅れの1972年に住み始めた私は、最初は少し離れたヘネラル・リカルド通りに住んでいましたが、73年になってから知人が所有し、プラド美術館にも近いサンタ・カタリナ通りのアパートに転居、そこから島さん宅までの距離は直線にしたら100mもなかったと思います。

 

Q:どのように二人は知り合ったのですか?

A:当時のマドリードに日本人はそんなにいなかったし、二人とも妻帯者だったので、日本の現地駐在員を介して知り合った記憶があります。

Q:二人のお付き合いは、どんな感じだったのですか?

A:当時の島さん宅はマドリード在住日本人アーティストの憩いの場だったと言えます。でも、私はお酒が飲めないので遊びに行くと、島さんが淹れてくれた美味しいコーヒーを飲みながら、素敵なオーディオセットから流れてくる音楽をよく聴いていましたが、芸術論を語り合った記憶は全くありません。

 

Q:その頃、マドリードにはどれくらいの日本人アーティストがいたのですか?

A:30人ぐらいはいたと思いますね。島さんのアパートはマドリードの飲食街にあるうえ広かったから、そのメンバーがいつも集まっていて賑やかでしたよ(笑)。

Q:その中で記憶にあるメンバーは?

A:画家だと鴨居玲さんに磯江毅さん。今は時代小説の作家で有名ですが、当時は闘牛の写真家だった佐伯泰英さん、そして、スペイン美術の研究者の木下亮さん。まだまだいましたが、最近は記憶が薄れていますね。

Q:島眞一さんは、どんな方でしたか?

A:穏やかな性格でマドリードの日本人アーティストの中心的な方でした。奥さんの文子さんと一緒に皆のお世話をしていました。

 

Q:島さんとの思い出があればお話しください。

A:小型車ミニ・クーパーを島さんは持っていました。当時のマドリードはどこでも駐車できたのですが、飲食街である島さんが住むエチェガライ通りは、いつも混んでいるので、私の住まいがあるサンタ・カタリナ通りによくミニ・クーパーを駐車し、4階に住む私に「見張っていてね!」の言葉を残して車を離れていました。ある時、そんな感じで私が一瞬目を離した後、窓から車の様子を眺めたら、子どもたちが島さんの車をシーソーにして遊んでいたんです。「不思議だな〜」と思いながらよくよく観たら、なんとタイヤが全て盗まれていたことが判明。いや〜その光景に驚きましたよ。後で聞けば、当時はタイヤ泥棒が流行っていたうえに小型車だから盗みやすかったようですね。

Q:ユニークなスペインの思い出話をありがとうございました。ここで話題を今回の二人展に移します。今の加藤先生のお気持ちをお聴かせください。

A:まず、同時代をマドリードで過ごした島眞一さんと二人展ができたのが、とても嬉しかったです。かつて画廊で島さんの小さな作品を観たことはありましたが、今回のように広い空間で大きな作品を観ることができたのは初めてでした。作品の表現上、抽象、具象の違いはあっても、その奥にある島さんの気持ちは時代を超えて少しは感じることができたと思います。

 

Q:加藤先生、ご自身の展示作品についてはいかがですか?

A:会場外側通路にはジタン館で描いた花、広い空間には日本で描いた大きな白黒の群像画とスペインのエスユリアールで20年以上前に描いた花々の絵を展示しました。観に来てくださった方々からは群像画の存在感、外光に映える花々について嬉しい感想をいただき、嬉しさと共に今後の制作の励みにもなりました。

Q:今回の二人展、私は夜昼二度観る機会がありましたが、時間帯で展示作品の印象がとても変化したのには驚きました。

A:確かに環境と光で作品の印象は、かなり違いますね。

 

Q:さて、最後の質問です。半月以上の会期を終えた今のお気持ちをお聴かせください。

A:会期中は毎日在廊し、島さんの作品と自作品を改めて凝視できたことは意義がありました。それに加えてサブタイトル通りに「予期せぬ再会」が毎日のようにあり、自分の生きてきた証を観てきたような日々でした。これを糧に今後も自分のペースで作品制作を続けていきます。

Q:今日はありがとうございました。

 
 

(2024年6月7日取材 構成・撮影 関幸貴)

 
 
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